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山遊人の徒然日記

山と写真をこよなく愛するおじさんのブログです。 山行記録や旅日記また花の写真などを中心によしなし事を載せていきます。 同好の方がみえましたらお立ち寄り下さい。
No  886

熱田の名所・史跡散歩(その2):熱田神宮界隈

4月19日(日)

新型コロナウィルスの感染拡大の猛威はいっこうに衰える気配が見えない。
全国の感染者は一万人を超え、死亡者も200人を大きく超えている。
現在いちばん心配されることは医療崩壊である。
日ごとに増える感染者を治療するため、懸命な医療行為が続いている。
頭の下がる思いである。
しかし、最近院内感染が広がり、医療従事者が感染する事例が増えている。
献身的な医療行為には心から感謝するとともに、医療崩壊にならないように祈るばかりである。
我々一般人は、自分も感染しているかもしれないという思いで、とにかく不要不急以外では外出しないことが肝要である。
大都市の繁華街などは、政府や自治体の「緊急避難宣言」で大分外出者も少なくなったらしいが、休日などには商店街や郊外の遊園地などではそんなに人出が減少していないらしい。
こんなところから感染が広がらないか懸念される。

山の方も、北アルプスなどの山小屋は、5月の連休まではほとんど営業見合わせになっている。
山小屋はいちばん3密になりやすく危険な場所であり、当然の処置だと思われる。
現在は、上高地や立山アルペンルートなども入山が出来ない。
懸命な治療行為をしている医療従事者の現状などを考えても、1人なら大丈夫などと山に行く気にはなれない。
我々一人ひとりの登山者が現在の状況をよくわきまえて、とにかく今は我慢の時期である。

熱田神宮界隈

熱田区の中心には熱田神宮(通称熱田さん)があるが、その界隈である神宮東や神宮西にも史跡・旧跡が多い。

熱田神宮

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熱田神宮は、熱田大神(あつたのおおみかみ)を主祭神としている。
三種の神器の一つである「草薙の剣」が奉納されていることでも有名である。
現在の本殿は伊勢神宮と同じく「神明造り」である。
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(熱田神宮HPより)

熱田神宮には三つの門があり、国道1号線に沿った南門が正門であるが、交通の便から東門や西門からの参拝客が多い。
名鉄神宮前駅か地下鉄伝馬町駅で下車すると、神宮東門まではすぐである。
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境内は約19万㎡とナゴヤドーム約4個分の広さがある。
正面の鳥居をくぐり、左手の手水場のすぐ脇には、弘法大師御手植えと伝えられる樹齢千年以上の大楠の木がある。
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本殿手前左右には、織田信長が桶狭間合戦で勝利したお礼として奉納した「信長塀」が今でも残っている。
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西門から入るとすぐ右手には「南新池」という池があり、その脇には名古屋最古といわれる25枚の石板を並べた太鼓橋「二十五丁橋」がある。
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(熱田神宮HPより)

明治時代に流行した名古屋地方のお座敷歌「名古屋甚句(なごやじんく)」の中でもこの橋が歌われている。
「~宮の熱田の二十五丁橋で 西行法師が腰をかけ 東西南北見渡して これ程涼しいこの宮を たれが熱田と名を付けた~」
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(熱田神宮HPより)

(現在、南新池のあたりは工事中で入ることが出来ない。)

正門(南門)左手脇には「上知我麻(かみちがま)神社」がある。
上知我麻神社は、智恵の文殊様として有名で、学業成就や成績祈願に訪れる人が多い。
なお、両脇には大黒様と恵比寿様が祀られれており、毎年1月5日の深夜には「初えびす」が開かれ、一番札を求めて多くの参拝客が集まる。
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(熱田神宮HPより)

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(熱田神宮HPより)

あまり立ち寄る人も少ないが、南門の右手には「南新宮社」がある。
ここは熱田神宮の中では唯一の朱塗りの社殿で、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が祀られている。
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(熱田神宮HPより)

そのほか、熱田神宮には熱田神宮の女神が「楊貴妃」になったという伝説や不老長寿の神仙が住むという「蓬莱伝説」がある。
ちなみに、熱田神宮の近くにあるうなぎ料理の「ひつまぶし」で有名な「あつた蓬莱軒」も、ここから名付けたのではないかと推測される。



秋葉山圓通寺

熱田神宮東門を出て南の伝馬町方面へ歩くと、右手に火伏せの神である秋葉大権現を祀る「秋葉山圓通寺」がある。
ここは、毎年12月16日に行われる火渡り神事(火まつり)で有名である。
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伝馬町旧東海道筋

熱田神宮南東の「伝馬町」には旧東海道が通っており、現在は伝馬町商店街となっている。
商店街を少し東に歩いていくと「鈴之前神社」があり、その先には子を思う母親の気持ちが綴られた擬宝珠で有名な「裁断橋」が復元されている。
擬宝珠には、天正18年(1590年)の豊臣秀吉小田原征伐に参戦し、18歳で戦死した「堀尾金助」の菩提を弔うため、その母親が息子を最後に見送った橋の架け替えを行ない、その供養としたことが記されている。
本物の擬宝珠は、現在名古屋市博物館に所蔵されている。
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また、そのすぐ横には江戸時代に流行した「都都逸発祥之地」の石碑も建っている。
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源頼朝生誕の地

熱田神宮西門の伏見通りを挟んだ西側にある誓願寺の門前には「右大将頼朝公誕生旧地」がある。
鎌倉幕府を開いた源頼朝は、父義朝の子としてこの地で生まれた。
1147年、源義朝と結婚した熱田神宮大宮司の娘がこの地で頼朝を生んだと伝えられている。
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歴史の古い熱田神宮界隈には史跡・旧跡がたくさんある。
「熱田百ヶ寺」と呼ばれるほど熱田区には寺院が多い。
愛知県の指定文化財の第1号に指定された聖徳太子像の祀られた「聖徳寺」や名古屋三大仏の祀られた「雲心寺」などもあり、このような寺々を廻りながら歩いてみるコースも楽しいかもしれない。
山遊人

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No  884

熱田の名所・史跡散歩(その1):熱田三大古墳

4月17日(金)

熱田三大古墳

日本中に新型コロナウィルスの感染が拡大し、かつて経験したことのない未曽有の国難に陥っている。
ついに日本国内の感染者が1万人を超え、死者数も200人に迫っている。
昨日政府はすべての都道府県に対して「緊急事態宣言」を発出した。
このような状況の中では、とにかく国民一人ひとりが不要不急の外出を控え、「三蜜」を避けることが求められている。
全国では医療従事者などが命を危険に晒しながらも懸命に未知のウィルスと戦っている。
我が国も感染者の増大により医療崩壊も起きかねないような状況である。
また、観光関連業界や中小企業者の中には企業存続も危ぶまれるような経済状況である。

このような状況の中においても、山など自然の中では感染のリスクは少ないと考えるのか、山に行くと意外に大勢の登山者が登っている。
しかし、国中が未曽有の国難に遭遇ている状況の中では、気分的にとてもそのような気にはなれない。
従って、今まで出来るだけ外出を避けていたが、それではかえって健康にも悪いらしい。
それで、このところ2、3日ごとに、1,2時間程度近所を散歩して体力の維持に心がけている。
私の住んでいる熱田区は、古代から江戸時代にかけての史跡旧跡が多く、せっかくなのでその史跡を廻りながら散歩をしている。
山に行くことがなくなり、ブログの更新も少なくなったので、今日からは「熱田の史跡散歩」を載せていきたい。
詳細については、「熱田まちづくり協議会」が発行している「熱田ぐるりんマップ」を参考にしてほしい。



今日は、最初に熱田区の「三大古墳」を紹介したい。
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かつて名古屋は、熱田から南は海であった。
熱田神宮から北の名古屋城までの象の鼻のような形をした高台は「熱田台地」と呼ばれている。
熱田台地の南の端である現在の熱田区には遺跡や旧跡が多く点在する。
特に、弥生時代から古墳時代にかけての遺跡や古墳が現在も多く残されている。
すなわち、「高蔵遺跡」「断夫山古墳」「白鳥古墳」の三つである。



「高蔵遺跡」

高蔵(たかくら)遺跡は、熱田区の高蔵町付近で発見された貝塚・古墳などの遺跡群の総称であり、高蔵貝塚、高蔵古墳群とも呼ばれている。
現在の「高座結御子神社(たかくらむすびみこじんじゃ)」がある場所を中心として、弥生時代の環濠集落や貝塚、数多くの古墳時代の古墳群が確認されている。
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(高座結御子神社正門)

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(本殿)

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(高蔵貝塚)

境内には、赤い鳥居が立ち並ぶ「高座稲荷社」もある。
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なお、高座結御子神社は、地元では「高座さん」と呼ばれ、子育ての神様として知らている。
毎年6月1日に開催される祭礼は、高座さんの「井戸覗き」として知られている。
当日子供にこの井戸を覗かせると「虫封じ」の霊験があるとしてたくさんの人が列をなしてお参りをする。
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(井戸覗きの井戸)



「断夫山古墳」


熱田区旗屋町の神宮公園内にある「断夫山(だんぷさん)古墳」は、東海地方では最大の前方後円墳であり、古墳時代後期の6世紀前半頃に築造されたとされ、国の史跡に指定されている。
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断夫山古墳は、熱田神宮はミヤヅヒメノミコトの墓としているが、当時この地方に大きな勢力を持っていた尾張連氏の墳墓ではないかとされている。
なお、断夫山の由来は、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)とその妻ミヤズヒメノミコトの神話伝説にちなみ、「夫を断つ」からきていると伝えられている。
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現在は「立入禁止」になっているが、小生が子供のころは神宮公園は遊び場となっており、よくこの墳丘に登って遊んだものである。



「白鳥古墳」

熱田区の白鳥公園に隣接する「白鳥古墳」は、「白鳥御陵」とも言われ、6世紀初頭に造営された前方後円墳である。
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日本武尊の陵とされ、命が伊勢の能褒野で亡くなったのち白鳥となって当地に降り立ったという伝説がある。
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なお、本居宣長が当地を訪れた際に詠んだ「しきしまの やまとこひしみ 白とりの かけりいましし あとところこれ」の歌碑が堀川側の入口横に建立されている。
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熱田神宮からこの三大古墳にかけての地域は、パワースポットとしても知られており、一度訪れてみられてはいかがでしょうか。

山遊人

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No  785

厳冬越前の旅

1月28日(月)~29日(火)

越前旅行(永平寺・恐竜博物館・越前海岸・丸岡城・東尋坊)

登山教室の仲間9人と一緒に、新年の懇親会を兼ねて福井県の越前地方へ旅行する。

1月28日(月) 曇り時々雪舞う

朝7時半に集合し、レンタカーに乗り北陸道を走る。
途中の道はほとんど雪はない。
福井北ICから東海縦貫道へ入り、永平寺参道ICを出て、午前9時半ごろ永平寺に着く。
雪が残る冬の永平寺は初めて訪れる。
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説明を聞いた後、七堂伽藍を中心に拝観する。
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(傘松閣「絵天井の間」)

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(山門・・・一般の僧は生涯に2度しかこの門を潜らないそうである)

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(四天王像)

拝観を済ませ、門前町にあるお店で蕎麦を食べて冷えた身体が温まる。
その後、車で勝山の町へ行き、「恐竜博物館」へ立ち寄る。
想像以上に立派な博物館である。
色々な恐竜の骨格などが復元されており見応えがある。
じっくり見ていれば、2,3時間は要するぐらいに展示物が多い。
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午後1時半ごろまで見学し、越前海岸の宿を目指す。
鯖江ICを出て織田の町を抜け、越前海岸へ出る。
北に少し走り、洞窟の中にある玉川観音に立ち寄る。
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越前岬の上の梨子ヶ平へ立ち寄ると、暖冬で最盛期は過ぎていたが、まだ少し咲き残りのスイセンを見ることが出来る。
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雷鳴が轟き荒波の打ち付ける海岸線を引き返し、午後4時半ごろ宿に入る。
入浴後、カニ尽くしの夕食を頂く。
焼きガニ、茹でガニ、カニスキと期待にな違わず食べ飽きるくらいのカニ料理に舌鼓を打つ。
満足!満足!



1月29日(火) 曇り

午前9時に宿を出発し、福井市の北にある丸岡城へ行く。
丸岡城は、現存する天守閣では最古の建築様式を持つ平山城だそうである。
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徳川家康の家臣本多作左衛門が陣中から妻に宛てて送った「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥せ」の手紙で有名である。
ここでいう「お仙」というのが初代丸岡藩主本多成茂( 幼名:仙千代)のことである。
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すぐ近くにある「一筆啓上日本一短い手紙の館」にも立ち寄る。
一筆啓上の縁で日本一短い手紙文コンクールの「一筆啓上賞」が有名である。
父母への思い、自然への憧憬などの手紙がたくさん展示されている。

丸岡からは芦原温泉を通り、柱状節理の断崖絶壁で有名な「東尋坊」へ行く。
冬の季節風の荒波が打ち付ける東尋坊の断崖は見応えがある。
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見学後、土産物屋が立ち並ぶ店で海鮮丼やイカの姿焼きなどの昼食を食べる。
昼食後、金津ICから北陸道に乗り、午後4時半ごろ名古屋へ帰る。



今回の旅行は、冬の福井県を巡り、越前海岸で冬の味覚越前ガニを食べる趣旨で開催した懇親旅行であった。
今年1年の山行計画を語らいながらの楽しい仲間との旅行であった。
山遊人

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No  586

旧東海道を歩く:薩埵峠

10月29日(土) (天候:曇り)

静岡県:興津駅~薩埵(さった)峠~由比駅


大学時代の友人11人と、東海自然歩道の旧東海道を歩く。
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数年に一度の集まりで、今年は広重の浮世絵「東海道五十三次」の「由比」図で有名な薩埵峠の旧東海道ハイキングが開催された。
朝8時に名古屋近辺在住の8人を乗せレンタカーで出発する。
名古屋では絶好の秋日和であったが、途中掛川を過ぎたあたりから曇り空となり、静岡を過ぎるころには雨も降りだすあいにくの天気である。
午前11時前JR興津駅前の駐車場へ駐車し、JRで来る関西、関東在住の仲間3人を待つ。
現地は曇り空だが雨は降っていない。
今回は、列車で到着した3人を合わせて11人の参加である。
数年ぶりに顔を合わせた懐かしい顔もある。
11時過ぎ、駅前から旧東海道を薩埵峠を目指して歩き始める。
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興津川を渡り、住宅街を抜け、旧東海道の山道を行く。
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少し登ると休憩所のある薩埵峠への入り口へ着く。
ここから墓地を抜けて山道へ入っていく。
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少し山道を登ると、右手に海が見え出し、駿河湾の向こうには伊豆半島も見えてくる。
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約1時間ほど歩き、12時過ぎ薩埵峠へ着く。
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残念ながら富士山は雄姿を現さず、左の裾野のあたりがかすかに見える程度である。
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広重の浮世絵で有名な風景は見ることができない。
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峠の展望台で昼食を食べた後参加者全員で記念撮影。
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両側にビワやミカンの木がたくさん植えてある道を下り一里塚跡に出る。
興津宿と由比宿の中間にある、間の宿(あいのしゅく)「倉沢」の「望嶽亭」を見学する。
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現在の当主の奥様が非常に熱心に説明をしてくださる。
望嶽亭は、明治維新、幕臣山岡鉄舟が官軍に追われた際にここに逃げ込み匿ったという逸話がある。
アワビやサザエ料理で有名で、広重の浮世絵にも描かれている。
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亭を出て旧東海道を少し歩き、午後2時過ぎ由比駅に着く。
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少し先の由比漁港まで行き、由比の名産品「桜エビ」を各々お土産に買い求める。
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由比駅に戻り、午後3時過ぎのJRで興津駅に戻り、電車で来た仲間と別れる。
レンタカーで新東名を走り、午後6時過ぎ名古屋へ戻る。



のんびりと旧東海道を歩き、久しぶりに会った懐かし仲間と旧交を温めることができた一日であった。
山遊人

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No  90

憧れのイタリア紀行(7)

 3月18日(水)
     ローマをあとに帰宅の途に


朝9時前迎えの車で、ローマ・フィウミチーノ空港まで送ってもらう。
11時50分発のアリタリア航空に乗り、雪のアルプス山脈を越え、14時にフランス・ドゴール空港へ着く。

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しばしの待ち合いのあと、16時50分発のJALに乗り、12時間のフライトで、日本時間3月19日(木)12時50分に中部国際空港へ無事到着する。
折しも名古屋では桜の開花の暖かな日である。


今回のイタリアの旅は、天候に恵まれ、予定通りのコースを回ることができた。
ヨーロッパの国の中でも最も古い3000年の歴史を持つイタリアの一端を垣間見ることができたいい旅であった。
歴史や伝統を大切にする国であることを実感する。
治安もよく、人々も親切で、好きな国の一つに入りそうである。
今度は機会があったら陽気な南イタリアを訪れてみたいものである。

イタリアで出会った人々とネコ

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                     了
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