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山遊人の徒然日記

山と写真をこよなく愛するおじさんのブログです。 山行記録や旅日記また花の写真などを中心によしなし事を載せていきます。 同好の方がみえましたらお立ち寄り下さい。
No  890

「人道の道」を歩く

杉原千畝 「人道の道」を歩く

新型コロナウィルスの感染拡大も、人々の努力によってやや勢いを弱めつつある。
5月14日、関東圏、関西圏、北海道を除いて、当愛知県も含めた各県に出されていた「緊急事態宣言」が解除された。
それに伴い、各学校も徐々に授業ができる態勢に戻りつつある。
しかし、一部の業種には依然として休業要請が出されていたり、県をまたいだ不要不急の外出の自粛要請は続いている。



第二次世界大戦中、リトアニアの領事であった杉原千畝(すぎはらちうね)(1900年~1986年)は、ドイツの迫害によりポーランドなどから逃れてきたユダヤ系の難民たちの窮状に同情し、外務省からの訓令に反して2000通を超す大量のビザ「命のビザ」を発給し、避難民を救ったことで知られている。
千畝は、1900年(明治33年)岐阜県の八百津町で生まれ、父の仕事の関係で少年期を名古屋で過ごした。
名古屋市古渡尋常小学校(現在の名古屋市立平和小学校)に転校し、卒業後、愛知県立第五中学校(現在の愛知県立瑞陵高等学校)に入学・卒業した。
当時の居住地であった現在の名古屋市立平和小学校付近から愛知県立瑞陵高等学校を結び、千畝の功績を称えて「杉原千畝 人道の道」が整備された。

今回は、出来るだけすいている時間帯に地下鉄を利用し、東別院駅で下車して「人道の道」を歩いてきた。

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東別院駅から南へ5分ほど歩くと、「人道の道」の始まる平和小学校がある。
小学校の横に銘板が建てられている。
小学校時代の千畝は、成績優秀で名古屋市などから表彰を受けたということである。
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その先少しの間だが葉場公園まで涼しげなケヤキ並木が続く。
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大津通りに出て、日本特殊陶業市民会館前にも銘板が建っている。
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父の転勤のことなどが書かれてある。
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金山駅を過ぎてさらに南に行き、沢上交差点を渡る。
交差点の角には「沢上」の名前の由来が書かれた古いコンクリート造りのベンチがある。
それによれば、南の高座のあたりに湧水が出る本沢というところがあり、その上だから「沢上」という名前になったということである。
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右手に高蔵公園を見て、すぐ南の交差点を渡る。
JRや名鉄の線路の上を高架橋で渡る。
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レンガ造りの中京倉庫の前を通り、名古屋市体育館の前にも銘板がある。
熱田の高蔵からこの先の雁道を経て第五中学までの道は、五中の生徒がよく通ったので「五中街道」と呼ばれていたということである。
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日本ガイシの本社ビル前を通り新堀川を渡り、高辻南の交差点を過ぎ、雁道商店街を通り抜けていく。
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雁道からは徐々に上り坂になり、上り切ると名古屋経済大学高蔵高校の正門前に出て、突き当りで右折れする。
この辺りがいわゆる「瑞穂ヶ丘」と呼ばれている高台である。
南へすぐの名古屋市立瑞穂ヶ丘中学校の正門前に銘板がある。
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以前は、この瑞穂ヶ丘中学の敷地も五中の敷地であったらしい。
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その南の住宅街は車も通れないような路地の道が続く。
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路地を抜けて東に折れるとすぐに瑞陵高等学校の正門前に出る。
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現在の瑞陵高等学校の前身である「五中」は、県内では伝統のある学校で、多くの有名人を輩出している。
千畝の入学と入れ違いに日本の探偵小説の先駆者である江戸川乱歩が卒業している。
また、哲学者の谷川徹三、経済学者の都留重人なども輩出している。

約10年間を名古屋で過ごした千畝の功績を称え、2018年(平成30年)、出身校の瑞陵高等学校の正門横に、「センポ・スギハラ・メモリアル」が整備された。
(校門外にあるので出入りは自由である)
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4つのゾーンで紹介されており、ビザリストを復元した陶板や千畝の生涯などをまとめたパネルなどが展示されている。
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施設内には、ビザを渡す千畝とユダヤ人家族のブロンズ像(等身大)も建てられている。
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千畝の残したものとして、2012年、イスラエル大使館から瑞陵高等学校に、平和の象徴としてオリーブの木が送られたそうである。
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帰りに、北へ10分ほど行った名古屋市立大学滝子キャンパスに立ち寄る。
ここは、かつて第八高等学校(現在の名古屋大学)があった場所である。
何か史跡はないかと立ち寄ってみるも、正門を入った所に「八高古墳」があり、それにわずかに「八高」の名を留めているだけである。
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約6Km強あり、ぶらぶらと歩いて2時間ほどかかったが、杉原千畝の足跡を辿りながら心地よい汗をかいた一日であった。
なお、以前訪れたたことがあるが、生誕地の岐阜県八百津町の「人道の丘公園」には「杉原千畝記念館」がある。
このコロナ禍が終息したら、また一度訪れてみたいものだ。
山遊人

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