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山遊人の徒然日記

山と写真をこよなく愛するおじさんのブログです。 山行記録や旅日記また花の写真などを中心によしなし事を載せていきます。 同好の方がみえましたらお立ち寄り下さい。

このページ内の記事タイトルリスト

新型コロナウィルス感染拡大防止のために
いまは山登りは自粛しよう!!


新型コロナウィルスの感染拡大が止まりません!
一月前には1,500人に満たなかった感染者が、現在ではほぼ10倍近くもになってしまいました。
政府や各自治体から「緊急事態宣言」が発出されてからほぼ3週間がたち、今週からは連休週間が始まりました。
この1週間の外出自粛要請による感染拡大防止の成果が期待されています。
全国の観光地や、まだ感染者の少ない県などからは来訪自粛依頼が続いています。
また、感染者の拡大に伴って全国の医療施設では、医療崩壊と言ってもいいような状態が続いて言います。
感染しても入院して治療が出来ない感染者も多く出ています。
1人でも多くの感染者を治療するための医療従事者の懸命な医療行為には頭の下がる思いです。




このような戦後最大と言ってもいいような国家の非常事態にも関わらず、いまだに外出自粛要請に従わないで海や山などに出かける人が後を絶ちません。
ニュースなどを見ていると、依然として山にも結構な数の登山者が登っているのを散見します。

「愛知・猿投山に登山者が密集」

写真

www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2020042802000263.html


(昨日の中日新聞夕刊より)


一人なら大丈夫、公共交通機関でないなら大丈夫、などといまだに大勢の登山者が出かけているようです。
この人たちは外出自粛要請の意味を取り違えているのではないでしょうか?
「緊急事態宣言」は、人の移動によるウィルス感染の拡大防止が目的です。
今回の新型コロナウィルスは、まったく自覚症状がない人でも感染をしている可能性があるということです。
一説では、表面に出ている感染者の何十倍もの感染者がいるのではないかということも言われています。
その人たちが、まだ感染者の広まっていない地方や山の中に行って、ウィルスを拡散させることが危惧されているのです。
このようなことを懸念して、過日山岳四団体から「山岳スポーツ愛好者の皆様へのお願い」が出されました。

「山岳スポーツ愛好者の皆様へのお願い/山岳四団体」

jac1.or.jp/event-list/event-guide/202004207602.html

「この緊急事態に対処するには、山岳スポーツを愛する皆様の他者への思いやり、そして何よりご自身の感染防御に専心され、事態の収束を見るまで山岳スポーツ行為を厳に自粛していただきますよう山岳四団体としてお願いいたします。」という依頼がされました。
長いこと家に籠っている状態が続くと、ストレスがたまり、身体を動かしたくなる気持ちはわかりますが、今は日本中が我慢をし、じっと耐えている時期です。
少なくとも「緊急事態宣言」が出されているうちは、絶対に登山に行く時ではありません。
感染拡大の危険はもちろんですが、もし登山中に事故を起こせば大変なことになります。
残念ながら、すでに恐れていたような事故が起きてしまいました。


「八ヶ岳連峰 阿弥陀岳における遭難事故」
~遭難男性コロナ疑い 県警救助隊員ら一時自宅待機~

news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000182805.html

(テレ朝Newsより)

この遭難者は、たまたま感染者ではなかったので良かったですが、もし感染していた場合は、医療体制が
まだまだ脆弱な地方では十分な治療が出来ません。
何よりも、救助活動に携わる人や地元の方々に計り知れない恐怖と迷惑をかけてしまいます。
長野県によると「感染防止に配慮した救助活動は非常に困難」として、登山の自粛を呼びかけており、主な登山口にある駐車場の閉鎖も求める方針だそうです。


山を愛するもの全員が良識を持ち、今の時期は絶対に登山に出かけないようにしましょう。
一人一人の登山者がコロナウィルスの感染拡大をしないように心掛け、行動するよう肝に銘じましょう。



日本国民全員が一致協力して努力すれば、この緊急事態もいつかは終息を迎えます。
一日も早くその日が来ることを願って、一人一人が今出来る最大限の努力をしていきましょう!!!

山遊人

(追記)

こんな遭難事故も発生しています。

鈴鹿:霊山山で遭難事故
www.kyoto-np.co.jp/articles/-/230393

鈴鹿:雨乞岳で遭難事故?
www.nikkansports.com/general/news/202004290000009.html


    posted at 16:55 | 山のニュース | TB(0) | CM(0)
4月19日(日)

新型コロナウィルスの感染拡大の猛威はいっこうに衰える気配が見えない。
全国の感染者は一万人を超え、死亡者も200人を大きく超えている。
現在いちばん心配されることは医療崩壊である。
日ごとに増える感染者を治療するため、懸命な医療行為が続いている。
頭の下がる思いである。
しかし、最近院内感染が広がり、医療従事者が感染する事例が増えている。
献身的な医療行為には心から感謝するとともに、医療崩壊にならないように祈るばかりである。
我々一般人は、自分も感染しているかもしれないという思いで、とにかく不要不急以外では外出しないことが肝要である。
大都市の繁華街などは、政府や自治体の「緊急避難宣言」で大分外出者も少なくなったらしいが、休日などには商店街や郊外の遊園地などではそんなに人出が減少していないらしい。
こんなところから感染が広がらないか懸念される。

山の方も、北アルプスなどの山小屋は、5月の連休まではほとんど営業見合わせになっている。
山小屋はいちばん3密になりやすく危険な場所であり、当然の処置だと思われる。
現在は、上高地や立山アルペンルートなども入山が出来ない。
懸命な治療行為をしている医療従事者の現状などを考えても、1人なら大丈夫などと山に行く気にはなれない。
我々一人ひとりの登山者が現在の状況をよくわきまえて、とにかく今は我慢の時期である。

熱田神宮界隈

熱田区の中心には熱田神宮(通称熱田さん)があるが、その界隈である神宮東や神宮西にも史跡・旧跡が多い。

熱田神宮

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熱田神宮は、熱田大神(あつたのおおみかみ)を主祭神としている。
三種の神器の一つである「草薙の剣」が奉納されていることでも有名である。
現在の本殿は伊勢神宮と同じく「神明造り」である。
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(熱田神宮HPより)

熱田神宮には三つの門があり、国道1号線に沿った南門が正門であるが、交通の便から東門や西門からの参拝客が多い。
名鉄神宮前駅か地下鉄伝馬町駅で下車すると、神宮東門まではすぐである。
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境内は約19万㎡とナゴヤドーム約4個分の広さがある。
正面の鳥居をくぐり、左手の手水場のすぐ脇には、弘法大師御手植えと伝えられる樹齢千年以上の大楠の木がある。
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本殿手前左右には、織田信長が桶狭間合戦で勝利したお礼として奉納した「信長塀」が今でも残っている。
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西門から入るとすぐ右手には「南新池」という池があり、その脇には名古屋最古といわれる25枚の石板を並べた太鼓橋「二十五丁橋」がある。
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(熱田神宮HPより)

明治時代に流行した名古屋地方のお座敷歌「名古屋甚句(なごやじんく)」の中でもこの橋が歌われている。
「~宮の熱田の二十五丁橋で 西行法師が腰をかけ 東西南北見渡して これ程涼しいこの宮を たれが熱田と名を付けた~」
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(熱田神宮HPより)

(現在、南新池のあたりは工事中で入ることが出来ない。)

正門(南門)左手脇には「上知我麻(かみちがま)神社」がある。
上知我麻神社は、智恵の文殊様として有名で、学業成就や成績祈願に訪れる人が多い。
なお、両脇には大黒様と恵比寿様が祀られれており、毎年1月5日の深夜には「初えびす」が開かれ、一番札を求めて多くの参拝客が集まる。
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(熱田神宮HPより)

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(熱田神宮HPより)

あまり立ち寄る人も少ないが、南門の右手には「南新宮社」がある。
ここは熱田神宮の中では唯一の朱塗りの社殿で、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が祀られている。
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(熱田神宮HPより)

そのほか、熱田神宮には熱田神宮の女神が「楊貴妃」になったという伝説や不老長寿の神仙が住むという「蓬莱伝説」がある。
ちなみに、熱田神宮の近くにあるうなぎ料理の「ひつまぶし」で有名な「あつた蓬莱軒」も、ここから名付けたのではないかと推測される。



秋葉山圓通寺

熱田神宮東門を出て南の伝馬町方面へ歩くと、右手に火伏せの神である秋葉大権現を祀る「秋葉山圓通寺」がある。
ここは、毎年12月16日に行われる火渡り神事(火まつり)で有名である。
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伝馬町旧東海道筋

熱田神宮南東の「伝馬町」には旧東海道が通っており、現在は伝馬町商店街となっている。
商店街を少し東に歩いていくと「鈴之前神社」があり、その先には子を思う母親の気持ちが綴られた擬宝珠で有名な「裁断橋」が復元されている。
擬宝珠には、天正18年(1590年)の豊臣秀吉小田原征伐に参戦し、18歳で戦死した「堀尾金助」の菩提を弔うため、その母親が息子を最後に見送った橋の架け替えを行ない、その供養としたことが記されている。
本物の擬宝珠は、現在名古屋市博物館に所蔵されている。
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また、そのすぐ横には江戸時代に流行した「都都逸発祥之地」の石碑も建っている。
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源頼朝生誕の地

熱田神宮西門の伏見通りを挟んだ西側にある誓願寺の門前には「右大将頼朝公誕生旧地」がある。
鎌倉幕府を開いた源頼朝は、父義朝の子としてこの地で生まれた。
1147年、源義朝と結婚した熱田神宮大宮司の娘がこの地で頼朝を生んだと伝えられている。
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歴史の古い熱田神宮界隈には史跡・旧跡がたくさんある。
「熱田百ヶ寺」と呼ばれるほど熱田区には寺院が多い。
愛知県の指定文化財の第1号に指定された聖徳太子像の祀られた「聖徳寺」や名古屋三大仏の祀られた「雲心寺」などもあり、このような寺々を廻りながら歩いてみるコースも楽しいかもしれない。
山遊人


    posted at 11:09 | 旅日記 | TB(0) | CM(0)
4月17日(金)

熱田三大古墳

日本中に新型コロナウィルスの感染が拡大し、かつて経験したことのない未曽有の国難に陥っている。
ついに日本国内の感染者が1万人を超え、死者数も200人に迫っている。
昨日政府はすべての都道府県に対して「緊急事態宣言」を発出した。
このような状況の中では、とにかく国民一人ひとりが不要不急の外出を控え、「三蜜」を避けることが求められている。
全国では医療従事者などが命を危険に晒しながらも懸命に未知のウィルスと戦っている。
我が国も感染者の増大により医療崩壊も起きかねないような状況である。
また、観光関連業界や中小企業者の中には企業存続も危ぶまれるような経済状況である。

このような状況の中においても、山など自然の中では感染のリスクは少ないと考えるのか、山に行くと意外に大勢の登山者が登っている。
しかし、国中が未曽有の国難に遭遇ている状況の中では、気分的にとてもそのような気にはなれない。
従って、今まで出来るだけ外出を避けていたが、それではかえって健康にも悪いらしい。
それで、このところ2、3日ごとに、1,2時間程度近所を散歩して体力の維持に心がけている。
私の住んでいる熱田区は、古代から江戸時代にかけての史跡旧跡が多く、せっかくなのでその史跡を廻りながら散歩をしている。
山に行くことがなくなり、ブログの更新も少なくなったので、今日からは「熱田の史跡散歩」を載せていきたい。
詳細については、「熱田まちづくり協議会」が発行している「熱田ぐるりんマップ」を参考にしてほしい。



今日は、最初に熱田区の「三大古墳」を紹介したい。
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かつて名古屋は、熱田から南は海であった。
熱田神宮から北の名古屋城までの象の鼻のような形をした高台は「熱田台地」と呼ばれている。
熱田台地の南の端である現在の熱田区には遺跡や旧跡が多く点在する。
特に、弥生時代から古墳時代にかけての遺跡や古墳が現在も多く残されている。
すなわち、「高蔵遺跡」「断夫山古墳」「白鳥古墳」の三つである。



「高蔵遺跡」

高蔵(たかくら)遺跡は、熱田区の高蔵町付近で発見された貝塚・古墳などの遺跡群の総称であり、高蔵貝塚、高蔵古墳群とも呼ばれている。
現在の「高座結御子神社(たかくらむすびみこじんじゃ)」がある場所を中心として、弥生時代の環濠集落や貝塚、数多くの古墳時代の古墳群が確認されている。
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(高座結御子神社正門)

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(本殿)

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(高蔵貝塚)

境内には、赤い鳥居が立ち並ぶ「高座稲荷社」もある。
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なお、高座結御子神社は、地元では「高座さん」と呼ばれ、子育ての神様として知らている。
毎年6月1日に開催される祭礼は、高座さんの「井戸覗き」として知られている。
当日子供にこの井戸を覗かせると「虫封じ」の霊験があるとしてたくさんの人が列をなしてお参りをする。
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(井戸覗きの井戸)



「断夫山古墳」


熱田区旗屋町の神宮公園内にある「断夫山(だんぷさん)古墳」は、東海地方では最大の前方後円墳であり、古墳時代後期の6世紀前半頃に築造されたとされ、国の史跡に指定されている。
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断夫山古墳は、熱田神宮はミヤヅヒメノミコトの墓としているが、当時この地方に大きな勢力を持っていた尾張連氏の墳墓ではないかとされている。
なお、断夫山の由来は、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)とその妻ミヤズヒメノミコトの神話伝説にちなみ、「夫を断つ」からきていると伝えられている。
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現在は「立入禁止」になっているが、小生が子供のころは神宮公園は遊び場となっており、よくこの墳丘に登って遊んだものである。



「白鳥古墳」

熱田区の白鳥公園に隣接する「白鳥古墳」は、「白鳥御陵」とも言われ、6世紀初頭に造営された前方後円墳である。
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日本武尊の陵とされ、命が伊勢の能褒野で亡くなったのち白鳥となって当地に降り立ったという伝説がある。
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なお、本居宣長が当地を訪れた際に詠んだ「しきしまの やまとこひしみ 白とりの かけりいましし あとところこれ」の歌碑が堀川側の入口横に建立されている。
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熱田神宮からこの三大古墳にかけての地域は、パワースポットとしても知られており、一度訪れてみられてはいかがでしょうか。

山遊人


    posted at 13:12 | 旅日記 | TB(0) | CM(0)
2020年4月7日(火)

吉野:青根ヶ峰(857.9m)

中日OB4名の方々と一緒に、奈良県吉野山の観桜を兼ねて、青根ヶ峰へハイキングに出かける。
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【天気】 晴れ
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【コースタイム】
吉野山観光駐車場(8:30)~金峯山寺蔵王堂(8:55/9:25)~竹林院バス停(9:48/10:00)~(バス15分)~奥千本バス停(10:15)~金峰神社(10:18)~西行庵(10:30)~青根ヶ峰(11:00/11:15)~義経隠れ塔(11:30)~吉野水分神社(12:03/12:08)~花矢倉展望台(12:12/12:17)~蔵王堂前昼食(13:15/14:00)~吉野山観光駐車場(14:15)



新型コロナウィルス感染拡大で、東京都をはじめ7都府県に「緊急事態宣言」が出ることが決まった。
しかし、ストレスや運動不足解消などを考慮し、感染防止に最大限の注意を払いながら出かけることにする。
今年の吉野山の桜の開花状況は、現在中千本あたりが満開ということで、いい天気も予想されている。
朝6時前に4名が集合し、関西から参加の1人とは現地で落ち合う予定である。
東名阪道から名阪国道を走り針ICを出る。
R369からR370を走り、午前8時15分ごろ吉野山観光駐車場に着く。
時間が早いこともあり、駐車場はまだたくさん空いている。(駐車料金1500円)
現地は、晴れて風もない絶好の花見日和である。
8:15、待ち合わせの場所である金峯山寺蔵王堂に向けて出発する。
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途中の展望台か見る山の斜面は山桜が満開状態で美しい。
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商店街を通り抜け、黒門をくぐり午前9時前金峯山寺に着く。
国宝の仁王門は現在改修中である。
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吉野山のシンボル的な存在である総檜皮葺きの蔵王堂が荘厳で立派である。
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関西から合流する1人を待つ間に、すぐ下にある吉野朝宮跡に行ってみる。
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午前9時過ぎもう一人の仲間と合流し、勝手神社、桜本坊、竹林院前を通り、奥千本へのバスの発着所へ行く。
途中の中千本あたりの桜も見ごろである。
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10:00発のバスに乗り、約15分で奥千本口に着く。
鳥居をくぐり金峰神社への参道の坂を登っていく。
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金峰神社前を通り、急坂の道を上り、さらに奥にある西行庵へ行く。
10:30、東屋のある広場の片隅に建つ、桜と月を愛した歌人「西行」が隠れ住んだといわれる西行庵に出る。
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西行庵から伐採の跡が痛々しい坂を登り、苔清水を経て大峰奥駈道の入り口に出る。
「これより女人結界」の碑の建つところから青根ヶ峰へ登る。
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急な階段の道を登り、11:00、吉野最高点の展望のない青根ヶ峰へ立つ。
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山頂で軽く食事をして休憩する。
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山頂を後に、痛々しい伐採跡を通り、金峰神社へ下る。
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金峰神社から少し下って、義経隠れ塔へ行く。
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そこからは車道を歩き、高城山展望台の下を通り、吉野水分神社に立ち寄る。
境内の枝垂れ桜が満開である。
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その下の花矢倉展望台からは中千本から下千本にかけての桜の絶景が見下ろせる。
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ここからは蔵王堂の大きな屋根も見え、吉野の桜すべてを見下ろすことが出来る一番の絶景だと思う。
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花矢倉からは、ブラブラと桜を愛でながら下る。
午前中に比べて人出の多くなった商店街を通り、蔵王堂手前の店で、柿の葉寿司の昼食を食べる。
そのあと桟敷のある景色のいい店で葛餅をデザートにコーヒーを飲んで休憩する。
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休憩後、途中で関西へ帰る仲間1人と別れ、午後2時過ぎ駐車場へ戻る。

平日で外出は控えられていると思っていたが、帰りにはほぼ満車状態の駐車場を後に帰途に就く。
名阪国道、東名阪道を走り、午後5時過ぎ名古屋へ帰り解散する。



出かける前には迷いながら出かけたが、我々が着いたころは例年と比べてやはり少ない観光客であった。
桜の方は、中千本あたりがちょうど満開を迎えており、何十年ぶりかに行った吉野の桜を十分に愛でることが出来た。
吉野の桜は生涯に一度は見るべき素晴らしい日本の絶景の一つである。
今回は吉野の最高峰青根ヶ峰にも初めて登ることも出来た。
桜と歴史に彩られた吉野は何度訪れても素晴らしいところである。
山遊人


    posted at 11:11 | 山行 | TB(0) | CM(0)
4月4日(土)

伊吹山地:伊吹山(1377.3m)

上平寺尾根から弥高尾根をたどり伊吹山に山行する。
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【天気】 下界では晴れていたが、山頂はガスがかかる
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【コースタイム】
伊吹神社駐車場(6:35)~上平寺城跡(7:20/25)~弥高尾根分岐(7:50)~弥高山(8:05)~伊吹山(9:45)~山頂小屋(9:50/10:10)~5合目分岐(11:00)~弥高山分岐(11:43)~上平寺尾根分岐(12:05)~上平寺城跡(12:17)~伊吹神社駐車場(12:48)



日本中に新型コロナウィルスの感染拡大が猛威をふるっている。
不要不急の外出が要請されてひき籠り状態が続き,閉塞感に覆われている。
所属山岳会の山行もすべて中止され、家にじっと籠っているとストレス感が増してくる。
一人で車で行けば、感染の心配もないだろうと、久しぶりに山に出かける。
以前から登ってみたかった上平寺尾根から弥高尾根を経て伊吹山へ登りに行く。
名古屋では20℃を超す暑くなる予報が出ている。
午前5時半前に家を出て、名神道を走って関ケ原ICを出る。
R365を走り、上平寺集落で案内に従って右折れする。
6時半前、伊吹神社手前の駐車場に駐車する。
10台以上は駐められそうな新しい駐車場である。
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現地に着くと伊吹山山頂には雲がかかっている。
すでに先客が2人準備をしている。
準備を済ませ、6:35、橋を渡って伊吹神社の鳥居をくぐる。
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ここから奥の登山道沿いには、戦国大名の京極氏の城館跡や上平寺城跡が点在する史跡の道である。
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京極氏庭園跡を右手に見て、伊吹神社の前を左に曲がり、登山道に入る。
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よく整備された歩きやすいジグザグの道を登り、緩やな尾根になると三の丸跡が出てくる。
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少し先の右手の丘の上に登ると上平寺城本丸跡がある。
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城跡からは南に養老山系が見える。
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城跡から25分ほどで左手から弥高尾根からの道が合流する。
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その上のピークで一人で登りに来ていた登山者と出会う。
この道は何度も登っているようで、弥高山から山頂へ直登する道の状態等を教えてもらう。
見通しのいい尾根道を行くと,右手に伊吹山ドライブウェーが見える。
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左手に5合目へ行く道が分岐すると、8:05、展望のない弥高山に着く。
ここから直登の道は,傾斜がきつく踏み後も薄くなり、ササをかき分けながら登っていく。
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ガスの中に山頂方面がうっすらと見える岩場の中の急な道を尾根を外さないように登っていく。
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殆ど赤テープ等もない分かりにくい急な道を1時間半程度登り、やっと獣除けのネットが張られた山頂近くに出る。
少し先で上野から登ってきた一般道と合流し、9:45、一等三角点の山頂に着く。
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風が強く寒いので、来週からの小屋明け準備をしていた小屋の中で休憩させてもらう。
今年は積雪が少なく、来週の土曜日にはドライブウェーが開通するそうである。
休憩後、10:10、上野からの一般道を下りにかかる。
下の方からは続々と登山者が登ってくる。
私と同じようにストレス解消のためか、予想以上に登山者が多いのにはビックリする。
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午前11時ころ6合目避難小屋下を通過し、その下の弥高山への分岐点を探しながら下るもよくわからない。
5合目休憩所の上まで下り、適当に左手の樹林帯に入る。
道らしい道がない樹林の中を歩き、2度ほど沢を横切ってトラバースする。
地図で確認すると下り過ぎているので、少し登り返してやっと正規の道に出る。
12:05、弥高山の下で登りにとった山頂直登の道と合流する。
緩やかな尾根道をあるいていくと、青空が広がりだし、伊吹山山頂が姿を現す。
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登ってきた尾根も正面に見える。
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上平寺城跡を通り、12時半ごろ伊吹神社下にある京極氏庭園跡に立ち寄る。
今では礎石があるだけであるが、かなり大きな庭園があったようである。
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12:48、伊吹神社の駐車場に無事降り立つ。

帰りは、日帰り温泉にも立ち寄らず、名神道を走り、午後2時過ぎ名古屋へ帰る。



今日の上平寺尾根から弥高尾根を登るルートは、登山者も少なく途中で一人と会っただけであった。
途中の弥高山までは道もはっきりしており歩きやすいルートであった。
しかし,そこから上の山頂直登のルートは、踏み後もはっきりせず、急坂の続く道であった。
地図を頼りに、ガスの中を尾根をはずさないように注意して登った。
山頂直下はかなり急で、下りにとると大変そうな道であった。
一般道の5合目上にある弥高山への分岐が分かりにくかった。
適当にトラバースして弥高山に出たが、一度反対からたどってみるといいかもしれない。
一般道を登ってくる登山者が多いのには驚かされた。
やはり皆が家籠りを強制されており、ストレス発散のために登ってくるのだろか?
山の自然の中では感染の危険はないが、途中の交通機関等では感染に十分注意したい。
山遊人


    posted at 07:34 | 山行 | TB(0) | CM(0)
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