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揚輝荘見学と北斎展鑑賞
2008/02/27(Wed)

2月27日(水) 揚輝荘見学・北斎展鑑賞

名古屋の覚王山にある松坂屋の初代社長伊藤次郎左衛門祐民が建てた別邸「揚輝荘」の見学申し込みに、抽選で当たったので見学に出かける。
この揚輝荘は、昭和14年に完成した頃には一万坪の広大な敷地があり、その中に三十数棟の建物が配置されていたそうである。
今は名古屋市に寄贈され、「揚輝荘の会」がボランティアで運営している。

地下鉄覚王山駅より日泰寺参道を登り、正門前で右へ曲がれば、すぐに揚輝荘の入口に着く。

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入口にはボランティアの方が受付をしてみえ、「伴華楼」に案内される。
ここで案内のボランティアの方に揚輝荘の概略を聞き、楼内の見学をする。
この方は以前松坂屋に勤めてみえ、この近くに住んでおられるそうで、非常に博学な方である。
この伴華楼は、尾張徳川家から移築した座敷と茶室に、当時の名建築家鈴木禎次の設計による洋館が増築された建物である。
ここでは今でも伊藤家の伝統行事が行われるそうである。
和室の透かし彫りの欄間、暖炉の壁に埋め込まれた古代瓦がすばらしい。
伴華楼の名の由来は、「バンガロー」からきているということであった。

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ここで聞いた松坂屋のシンボルである「カトレア」の花の由来は、初めて知った話であった。
戦国時代の武将織田信長の家来に伊藤蘭丸という人がおり、織田信長が本能寺の変で亡くなった後、「二君に仕えず」ということで、その伊藤蘭丸が商人になったのが伊藤家の始まりであるということである。
そして、この蘭丸の「ラン」に因んで、「カトレア」が松坂屋のシンボルとされたそうである。
伴華楼の見学を終え、今は高級マンションになってしまった敷地の横を通り、「聴松閣」へと、案内される。
その途中に、伊藤家の印の入った大瓦が飾ってある。

編笠山

聴松閣は、昭和12年に建築された迎賓館である。
地上三階、地下一階のモダンな木造建築である。

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後に外国からの留学生の寮になり、地下にはインドからの留学生が書いたヒンズー教の女神の壁画がある。

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また、以前新聞にも載ったが、この地下には地下トンネル「聴泉窟」があり、戦争時に防空壕や、緊急避難路として使われていたらしい。
この聴泉閣はもうすぐ改修に入り、3年ほどは見学ができなくなるそうである。
聴泉閣の隣には、揚輝荘座敷があり、一時川上貞奴が住んでいたと言われている。
ベンガラ色の土壁が印象的であった。
裏には回遊式の石庭園があり、現在修復中である。

建物の見学を終わり、北庭園を見学する。
この庭園は、京都修学院離宮を写したと言われる池泉回遊式庭園で、白雲橋、円形野外ステージなどがある。

編笠山

また、伊藤家本家より移築した茶室「三賞亭」が池のほとりに建っている。

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揚輝荘は、今では小さくなって一部しか残っていないが、当時の伊藤家の財力が偲ばれる所である。
庭園だけならいつでも入園できるので、皆様も一度行かれたらどうですか。

揚輝荘の会HPhttp://yokiso.org/


帰りに、名古屋市美術館へ行き「北斎展」を観てきた。
今回は、有名な「富岳三十六景」のほかにも、オランダ、フランスから里帰りした肉筆画もたくさん展示されている。
平日なのに、大勢の参観者がおり、休日はいっぱいになるのだろう。
北斎の人気の高さが偲ばれる。

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その後、松坂屋美術館で「小堀遠州展」に立ち寄る。
茶道具などが展示され、結構賑わっていた。

今日は忙しかったが、いろいろな文化に触れることができ、充実した心豊かな休日となった。

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雪景色の比叡山
2008/02/24(Sun)

2月24日(日) 雪景色の比叡山

尾張地方では、国府宮の裸祭りが過ぎると、春が近くなると言われている。
しかし、今年は2月になってから寒さが続き、名古屋では、昨夜もうっすらと街が雪化粧した。
新しいもの好きのくせが出て、昨日開通したばかりの新名神高速道路(亀山~草津)を通って、宇治の平等院へ行こうと7:30に家を出る。
名阪道路は、桑名のあたりから雪模様である。
四日市、鈴鹿周辺では少し道路にも雪が積もり、ノーマルタイヤでは怖い感じ。
亀山JCTから新名神に入り、鈴鹿峠をトンネルで越えると一面の雪景色である。
甲賀からは、除雪車が先頭を走っており、ノロノロ運転である。
信楽を抜けて、草津JCTで名神に合流する。
私の家からは京都方面へはこちらを通った方が早いように感じた。
すぐに京滋バイパスへ入り、宇治へ行くつもりが、うっかりと通り越してしまい、仕方なしに大津で出て比叡山に行くことに変更する。
大津から比叡山ドライブウェーへと向かうも、雪のため閉鎖していて通れない。
またまた引き返し、ふもとにある大津の近江神宮へ参拝する。
近江神宮は、天智天皇が667年に飛鳥から当地へ近江京として遷都した由緒に因み、昭和15年に設営された。
天智天皇が作ったといわれる日本で最初の水時計で名高い神社である。
正面の石段の上には、朱塗りの楼門が白い雪に映えている。
 狛犬も雪をかぶって目がみえない。

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せっかく来たので、少し先の坂本からケーブルカーに乗って、比叡山延暦寺に行くことにする。
ここのケーブルカーは初めて乗るが、距離2,000mで、日本ではいちばん長いそうである。

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下の方には琵琶湖がうっすらと雪に煙って見える。山頂延暦寺駅までは11分で到着。
もう40年近く前に来ただけなので、全く記憶にない。
ホームを出ると、雪が激しく降りしきり、道には20cmほどの雪が積もっている。
除雪された道を10分ほど歩いて、国宝根本中堂へ。
他の人がいない薄暗い堂内では、伝教大師最澄が掲げて以来ともり続けるという「不滅の法灯」が、1200年の時を越えて静寂の中で光り輝いている。
延暦寺は織田信長の焼き討ちに合い、僧、堂塔ことごとくが消滅したが、現在の根本中堂は徳川三代将軍家光によって再建されたものである。
藤沢周平ではないが、この出来事で、信長は好きになれない。

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大講堂から国宝殿へ回り、諸仏を拝観する。
特に印象に残ったのは、四天王像である。 平安期の作品で、威厳のあるお姿である。
降りしきる雪に煙る朱塗りの鐘楼を見て、12:30のケーブルカーで下山する。

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春や秋の比叡山もいいが、思わぬ雪景色の延暦寺を訪れることができ、静かな湖西の旅をすることができた。

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北八つ彷徨
2008/02/11(Mon)

2月11日(月) 北八ヶ岳北横岳(2,480m)~縞枯山(2,403m)

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立春も過ぎ、”光の春”と言われる今日この頃であるが、まだまだ厳しい寒さが続いている。
2日前には名古屋でも今年初めての積雪があり13cmを記録した。
山の方も積雪が増えたことを予想して、北八ヶ岳をスノーシューで歩いてこようと、仲間2人と朝6時に出発する。
蓼科のピラタススキー場へ9時半に到着する。
9:40のロープウェーで一気に2,200mの坪庭へ。
今日は風もなく、気温も比較的暖かな絶好の登山日和である。
坪庭から早速スノーシューをつけて北横岳を目指す。
夏にはガラガラの坪庭の岩場も今は一面の大雪原である。

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樹林帯を登り、尾根へ出ると展望が開け、まもなく北横岳ヒュッテへ。
アイゼンを着けるか迷ったが、そのままスノーシューで行くことにする。
小屋からは急な登山道を登り、北横岳南峰(2,472m)へ到着する。
三角点はこちらにあるが、最高点は5分ほど先の北峰(2,480m)である。
山頂からは大展望が開ける。
目の前には蓼科山が丸い頭のてっぺんを白く雪化粧して見える。

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北には浅間山が特徴のある長い裾野を引いた山容をくっきりと見せ、東には北アルプス連峰が連なっている。
特に後立山連峰の鹿島槍から白馬岳方面は真っ白である。 

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南に目を移せば、南八ヶ岳連峰が赤岳を盟主に連なっており、その横には南アルプスの北岳、甲斐駒ヶ岳、仙丈ヶ岳が浮かんでいる。
ここからは残念ながら富士山は八ヶ岳の後になり、見ることが出来ない。

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超一級の展望を堪能して、下りは軽快に飛ばして下山する。
途中見下ろすと、坪庭のあたりの雪原には、登山者が三々五々と散らばって豆粒のように見える。

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昼食をとり、坪庭を横切って、三角屋根の縞枯山荘の前を通り、雨池峠を経て縞枯山を目指す。

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雨池峠からは直登の急な道をあえぎながら登り、縞枯山(2,403m)へ到着する。
縞枯山は名前の通り立木が縞状に立ち枯れている。
縞状に世代交代を繰り返しているのだそうである。

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茶臼山との鞍部から五辻へ出て、雪原や樹林帯をのんびりとロープウェー駅まで下ってくる。

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16時前のロープウェーで下山し、蓼科温泉で汗を流して帰名する。
今日は天候に恵まれ、歩いていると暑いくらいの天気で、快適な登山ができた。
二週続けてのスノーシューハイクで、今年の雪山は大満足である。


帰ってニュースを聞くと、赤岳の山小屋で一酸化炭素中毒事故が起き、ヘリコプターで運ばれたりして大変だったらしい。
小屋が雪に埋もれていたため、充分な換気が出来なかったのが原因らしい。
山では何が起こるか分からない。  
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入笠山でスノーシュー
2008/02/02(Sat)
2月2日(土) 富士見高原:入笠山 (1,955m)

入笠山2

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今年の山は雪が少なく、なかなか雪の山で遊ぶことができず、ウズウズしていたが、仲間4人で、信州諏訪富士見高原の入笠山へスノーシューで遊びに行く。
6:30名古屋を出て、諏訪南ICから10分くらいで富士見パノラマリゾートスキー場へ到着する。
関東から便利な為か、スキー場は結構な人出である。
ゴンドラリフトに乗り、山頂駅へ10分で到着。
ここは既に1,700m以上あり、カラマツの林を抜けて、入笠湿原へ。
ここで、スノーシューを履く。今年初めてなので付け方に手間取る。
スノーシューとは、新雪の積もった登山道を歩くとき、足がもぐらないようにするための、最近流行ってきた雪山で使う道具である。
昔はかんじき(輪かん)を使用していたが、このスノーシューのほうが浮力があり、裏にツメも着いているので、斜面でも雪に沈まず、滑りにくい構造になっている。
最近は雪原でこれを履いて遊ぶことを目的とした山行も人気がある。

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入笠湿原は6月頃にはスズランの群落で有名なところであるが、今は全て雪の中にうずもれている。
登山口のあたりでは、かなり多くの人がスノーシューを履いて入笠山を目指している。
40分ほど歩き、最後の急斜面を登りきると、突然眼前に大パノラマが飛び込んでくる。
1,955mの山頂は遮るもののない大展望である。

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北には諏訪湖をはさんで、車山から立科方面、八ヶ岳連峰が。
北西には北アルプス連峰が真っ白な雪をいただき連なっている。
西へ目を移せば、乗鞍岳から御岳山、そして中央アルプスが。
更に、東には富士山が雲の上へ頭を覗かせ、その右には南アルプスの甲斐駒ヶ岳や鳳凰三山が間近に迫って見える。
まさに、日本の3,000m級山岳のオンパレードの眺望である。

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乗鞍岳と御嶽山              穂高と槍ヶ岳

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八ヶ岳連峰                富士山と甲斐駒ヶ岳

帰りは尻制動で斜面を滑り下りたり、新雪の中へ踏み入れたりと、雪と戯れながらのんびりと下ってくる。

入笠山は、スノーシューの初心者には最適のゲレンデであり、展望もよくお勧めの場所である。
今日は、晴れてはいないが、風もなく空気が澄んで遠くまで見渡すことができ、冬の山々の凛とした雄姿を見ることができた山行であった。

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