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山遊人の徒然日記

山と写真をこよなく愛するおじさんのブログです。 山行記録や旅日記また花の写真などを中心によしなし事を載せていきます。 同好の方がみえましたらお立ち寄り下さい。

このページ内の記事タイトルリスト

2021年3月9日(火)

知多四国巡礼の旅(その1)(1番札所~8番札所)

愛知県にまだ厳重警戒宣言が発出されており、なかなか県外に出ることが出来ない。
いい機会なので、以前からやってみたいと思っていた「知多四国88ヶ所巡礼」を始めることにする。
公共交通機関等を利用して最初の札所まで行き、そこからは歩き遍路で廻る計画を立てる。
88ヶ所+番外等の寺もあるので、百ヶ所近くを廻らねばならない。
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第1回の今回は、一番札所から順に下記の7つの札所を廻ることにする。

・第1番:曹源寺(そうげんじ)(曹洞宗)     ・第6番:常福寺(じょうふくじ)(曹洞宗)
・第2番:極楽寺(ごくらくじ)(浄土宗)     ・第7番:極楽寺(ごくらくじ)(曹洞宗)
・第3番:普門寺(ふもんじ)(曹洞宗)      ・第8番:傳宗院(でんそういん)(曹洞宗)
・第4番:延命寺(えんめいじ)(天台宗)

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今回の参加者は5名で実施する。
やや曇りがちの天気であるが、風もなく寒さはそんなに感じない。
朝9時半に名鉄電車の「前後駅」に集合する。
駅南口から南下し、まずは一番札所の「曹源寺」まで行って納経帳など必要なものを揃えることにする。
20分ほど歩いて曹源寺に着き、受付で、納経帳、納め札等を購入する。
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初めてなので遍路の手順を確認する。

①まず手を洗い、口をすすぎ、身を清める。
②最初に本堂にお参りする。
③次に弘法堂をお参りし、ろうそく、線香をあげます。
④納め札や写経などを納め、お賽銭を納める。(納め札には予め日付や氏名などは記入しておく)
⑤心を込めて合掌し、お経を唱える。
⑥納経所で納経印を頂く。

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手順に従って、本堂と弘法堂へお参りし、お札を納め、納経帳に印を頂く。
お参りを済ませて山門の外に出ると、今日は市が立つ日なのか、門前にはたくさん露店が並んでいる。
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曹源寺を後に、湾岸道の下をくぐり、次の二番札所「極楽寺」を目指す。
40分ほどで、東海道新幹線の下をくぐり極楽寺に着く。
お参りをした後、納経印を頂く。
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次の三番札所「普門寺」は5分ほどと近くにある。
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普門寺から20分ほど歩いて大府市内に入り、次の四番札所「延命寺」に着く。
延命寺は結構大きな境内をもった寺院である。
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参拝後、昼近くなったので、道沿いにある麺類のレストランで昼食を食べて休憩する。
昼食後、次の六番札所「常福寺」を目指す。
JRの高架を渡り、「あいち健康の森」への道を南下し、午後1時前に常福寺に着く。
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次の七番札所「極楽寺」までは少し距離がある。
「あいち健康の森」の園内を抜け、森岡台団地を通って、午後2時ごろJR武豊線「尾張森岡駅」近くの極楽寺に着く。
マイクロバス2台に分乗した団体の先客がお参りをしている。
団体客の参拝が済むのを待って我々もお参りする。
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極楽寺から少し南下して、午後2時過ぎ本日最後の八番札所「傳宗院」に着く。
7つ目の傳宗院の参拝で、本日の巡礼を無事終了する。
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参拝後、JR武豊線の線路をくぐり、午後2時半ごろ「緒川駅」に着く。
緒川駅から武豊線に乗って名古屋へ帰る。



やや曇りがちな天気で日差しは少なかったが、早春の一日、初めてのお遍路道約17kmを歩き通した。
途中では、道すがら、スイセン、モクレン、ツバキなどの春の花々を見ながらのんびりと歩くことが出来た。
知多四国88ヶ所霊場は、霊場と霊場の間の距離が近く、10回ぐらいに分ければ、歩いて回ることが出来そうである。
コロナ過であり、平日でもあったためか、そんなに参拝客も多くなかった。
せっかく始めたことでもあり、何とか最後まで歩き通してみたいものだ。
信仰心が強いわけではないが、歩くのにいい目標が出来た。
山遊人


    posted at 08:38 | 旅日記 | TB(0) | CM(0)
2021年3月6日(土)

市内に残る旧東海道筋を歩く

レンギョウやユキヤナギの花も咲き始め、確実に春の気配が近づきつつある今日この頃の陽気である。
市内で最高気温が20度近くなる予報が出ているいい陽気に誘われて、南区の笠寺界隈や緑区の有松に残る旧東海道を歩く。
地下鉄桜通線の「桜」駅で降りて、笠寺へ行く前に呼続の戸部町にある「富部神社」へ立ち寄る。
富部神社は、名古屋南部の笠寺台地上に位置しており、古代この台地の周辺まで海が迫り「年魚市潟(あゆちがた)」と呼ばれていた。
これが「愛知」の地名のおこりとも言われている。
万葉集でも「桜田に鶴(たづ)鳴き渡る年魚市潟 汐干にけらし鶴鳴き渡る」と詠まれている。
慶長年間、清洲城主松平忠吉がこの地に富部神社を創建した。
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桃山建築の姿を残す本殿は国の重要文化財に指定されている。
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神社の裏手の名古屋の街中に残された雰囲気のある竹林の道を通り呼続公園へ出る。
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呼続から名鉄の本笠寺駅横の踏切を渡り、尾張四観音の一つ「笠寺観音」西門に出る。
ちょうど「六の市」が開かれており、境内は多くの参拝客で賑わっている。
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本殿は現在修理中で工事用の覆いが掛けられている。
笠寺観音正門前には旧東海道が通っている。
正門を出て左に折れ5分ほど歩くと、名古屋市内に唯一残っている旧東海道の「一里塚」がある。
四方に枝を張り出した立派な榎の大木が往時の面影を残している。
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本笠寺駅まで戻り、有松駅まで名鉄電車で移動する。
有松駅の南側には旧東海道が通っており、古い有松絞りの店が残る有松の町並みは、国から「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている。
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静かな街並みを見ながら街中を歩く。
ひな祭りが終わったばかりなのか、まだ街のあちこちにお雛様が飾られている。
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塀の屋根の上や木から吊るされたお雛様もあり面白い。
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土蔵の窓にもお雛様が吊るされている。
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以前行った熱田区の「七里の渡し」跡から伝馬町付近にかけてなど名古屋市内にはまだ所々に旧東海道筋が残っており、訪れてみるのも興味深い。



関東の一都三県では、また緊急事態宣言が延長されたが、当名古屋地方では駅や繁華街にはだいぶ人出が多くなった。
これから春の行楽シーズンに入るが、また感染が拡大しないことを祈るばかりである。

山遊人


    posted at 00:30 | 旅日記 | TB(0) | CM(0)
2021年3月3日(水)

佐布里池へ観梅ハイキング

早朝散歩をしていると、近所の庭の垣根越しに沈丁花の甘い香りが漂ってくる季節となりました。

所属する会が主催した知多半島の佐布里(そうり)池畔にある梅園へ行くハイキングに参加しました。
佐布里池

名鉄電車の寺本駅へ集合し、信濃川に沿って梅園まで約4キロの道の里を歩きます。
駅前を出てすぐ左側にある「愛知用水」の生みの親である”久野庄太郎”氏の生家を見学しました。
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地元にお住まいの担当者から説明を受けました。
久野庄太郎氏は、同士・浜島辰雄氏と一緒に愛知用水の実現に向けて半生を捧げられた人です。
水に苦しむ知多半島のため、長野県の御嶽山に牧尾ダムを造り、木曽川から延々112kmの水路を引いて、知多半島を潤すという壮大な計画を実現されました。
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きれいに整備された信濃川沿いの遊歩道をのんびりと歩いていきます。
道の両側には梅や蝋梅、木蓮の木などが植えられており、地元の方々が草むしりなどをして整備してみえました。
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あたりの長閑な風景を楽しみながらゆっくりと歩き、1時間ほどで「佐布里緑と花のふれあい公園」へ着きました。
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公園では梅まつりが開催されており、平日にもかからず結構賑わっていました。
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20年ほど前に訪れた時と比べて、案内館や土産物売り場、芝生広場などが整備されていました。
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園内の梅はちょうど見頃を迎えていました。
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愛知用水の調整池として作られたのが佐布里池です。
園内の高台には愛知用水の記念碑や「愛知用水神社」もありました。
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神社裏の高台からは園内全景が見下ろせます。
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ゆっくりと梅を楽しんだ後、午後2時ごろに帰途に着きました。
地元のコミュニティバスが1時間に1本出ていましたが、陽気もいいので帰りも寺本駅前まで歩いて帰りました。

のんびりと梅を鑑賞しながら、愛知用水の歴史も知ることが出来た楽しいハイキングでした。
山遊人


    posted at 09:41 | 旅日記 | TB(0) | CM(0)
鶴舞公園歴史散歩コースを歩く

コロナウィルスの感染拡大は、全国的にだいぶ落ち着いてきており、関西圏の大阪、兵庫、京都も緊急事態宣言が解除された。
あと残りは、関東圏と北海道だけになった。
5月いっぱいには日本中の緊急事態宣言が解除されるかもしれない。




名古屋の街の中心にある鶴舞(つるま)公園は、春の桜の季節をはじめとして四季折々にいろいろな花が咲き、市民憩いの公園として親しまれている。
鶴舞公園は、1909年(明治42年)、名古屋最初の大公園として開設され、翌年開催された「第10回関西府県連合共進会」の会場となった。
園内には史跡なども多く点在し、「鶴舞公園歴史散歩」コースが整備されている。
今日は自転車で公園まで行き、園内の花々を楽しみながら歴史散歩コースを歩いてきた。

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JR中央線横の正面入り口を入り、右手の公園協会の建物裏に、第八高等学校(現名古屋大学)寮歌「伊吹おろし」の歌詞を刻んだ碑が建っている。
昭和33年、八高創立50周年を記念して建てられたそうである。
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その東の多目的グランドの北には、昭和3年、昭和天皇即位を祝って開催された「御大典奉祝名古屋博覧会」の時に建てられた建物である「鶴々亭」がある。
園内には「百華庵」という茶席もある。
これらは名古屋における近代和風建築として貴重な存在として残されている。
普段は入ることが出来るが、現在はコロナの関係で閉鎖されており見ることが出来ない。
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鶴々亭の北には鶴舞公園のシンボルである「噴水塔」が建っている。
1910年(明治43年)、第10回関西府県連合共進会を記念して建設されたものである。
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噴水塔の東には同時期に建てられた「奏楽堂」がある。
噴水塔と同じく鈴木禎次氏設計によるもので、 アールヌーボーを取り入れたイタリアルネサンス風に建てられたということである。
老朽化や台風による被害のため一旦は取り壊されたが、平成9年に復元された。
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奏楽堂前のバラ園では、ちょうど色とりどりのバラが満開である。
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バラ園を抜け、これも明治42年の第10回関西府県連合共進会の時に作られた回遊式日本庭園の胡蝶ヶ池にかかる鈴菜橋を渡り菖蒲池の方に行く。
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菖蒲池では紫や白のショウブの花がぼちぼちと咲き始めている。
コロナ禍の大変な世の中であるが、季節の歩みは着実であり、今年も梅雨の季節が近づいていることが感じられる。
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公園東端にある竜ヶ池を廻って歩いていく。
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池の北には、初の愛知県出身の内閣総理大臣となった加藤高明(1860〜1926)を顕彰して、昭和3年に銅像が建てられた。
しかし、昭和19年、像は戦時物資不足により供出されてしまい、現在は台座だけが残されている。
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公園東側の道を南に歩いていくと、東海地方最大の円墳と言われる「八幡山古墳」がある。
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5世紀ごろの古墳と言われており、戦前は国指定の史跡に指定されていたが、戦時中高射砲陣地として頭頂部が削られたりして荒れてしまい、埋葬者などははっきりしていない。
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公園の外周をぐるりと周り、自転車を駐車した場所まで戻る。
約1時間半の歴史散歩コース巡りであった。




鶴舞公園といえば名古屋市内の桜の名所として有名な場所である。
今までは花を見るだけで何となく通り過ぎてしまっていた。
今回はじめてゆっくりと歴史散歩コースを辿って歩いたが、改めて市内に残された貴重な公園であることを実感した。
山遊人


    posted at 05:32 | 旅日記 | TB(0) | CM(0)
杉原千畝 「人道の道」を歩く

新型コロナウィルスの感染拡大も、人々の努力によってやや勢いを弱めつつある。
5月14日、関東圏、関西圏、北海道を除いて、当愛知県も含めた各県に出されていた「緊急事態宣言」が解除された。
それに伴い、各学校も徐々に授業ができる態勢に戻りつつある。
しかし、一部の業種には依然として休業要請が出されていたり、県をまたいだ不要不急の外出の自粛要請は続いている。



第二次世界大戦中、リトアニアの領事であった杉原千畝(すぎはらちうね)(1900年~1986年)は、ドイツの迫害によりポーランドなどから逃れてきたユダヤ系の難民たちの窮状に同情し、外務省からの訓令に反して2000通を超す大量のビザ「命のビザ」を発給し、避難民を救ったことで知られている。
千畝は、1900年(明治33年)岐阜県の八百津町で生まれ、父の仕事の関係で少年期を名古屋で過ごした。
名古屋市古渡尋常小学校(現在の名古屋市立平和小学校)に転校し、卒業後、愛知県立第五中学校(現在の愛知県立瑞陵高等学校)に入学・卒業した。
当時の居住地であった現在の名古屋市立平和小学校付近から愛知県立瑞陵高等学校を結び、千畝の功績を称えて「杉原千畝 人道の道」が整備された。

今回は、出来るだけすいている時間帯に地下鉄を利用し、東別院駅で下車して「人道の道」を歩いてきた。

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東別院駅から南へ5分ほど歩くと、「人道の道」の始まる平和小学校がある。
小学校の横に銘板が建てられている。
小学校時代の千畝は、成績優秀で名古屋市などから表彰を受けたということである。
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その先少しの間だが葉場公園まで涼しげなケヤキ並木が続く。
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大津通りに出て、日本特殊陶業市民会館前にも銘板が建っている。
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父の転勤のことなどが書かれてある。
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金山駅を過ぎてさらに南に行き、沢上交差点を渡る。
交差点の角には「沢上」の名前の由来が書かれた古いコンクリート造りのベンチがある。
それによれば、南の高座のあたりに湧水が出る本沢というところがあり、その上だから「沢上」という名前になったということである。
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右手に高蔵公園を見て、すぐ南の交差点を渡る。
JRや名鉄の線路の上を高架橋で渡る。
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レンガ造りの中京倉庫の前を通り、名古屋市体育館の前にも銘板がある。
熱田の高蔵からこの先の雁道を経て第五中学までの道は、五中の生徒がよく通ったので「五中街道」と呼ばれていたということである。
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日本ガイシの本社ビル前を通り新堀川を渡り、高辻南の交差点を過ぎ、雁道商店街を通り抜けていく。
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雁道からは徐々に上り坂になり、上り切ると名古屋経済大学高蔵高校の正門前に出て、突き当りで右折れする。
この辺りがいわゆる「瑞穂ヶ丘」と呼ばれている高台である。
南へすぐの名古屋市立瑞穂ヶ丘中学校の正門前に銘板がある。
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以前は、この瑞穂ヶ丘中学の敷地も五中の敷地であったらしい。
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その南の住宅街は車も通れないような路地の道が続く。
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路地を抜けて東に折れるとすぐに瑞陵高等学校の正門前に出る。
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現在の瑞陵高等学校の前身である「五中」は、県内では伝統のある学校で、多くの有名人を輩出している。
千畝の入学と入れ違いに日本の探偵小説の先駆者である江戸川乱歩が卒業している。
また、哲学者の谷川徹三、経済学者の都留重人なども輩出している。

約10年間を名古屋で過ごした千畝の功績を称え、2018年(平成30年)、出身校の瑞陵高等学校の正門横に、「センポ・スギハラ・メモリアル」が整備された。
(校門外にあるので出入りは自由である)
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4つのゾーンで紹介されており、ビザリストを復元した陶板や千畝の生涯などをまとめたパネルなどが展示されている。
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施設内には、ビザを渡す千畝とユダヤ人家族のブロンズ像(等身大)も建てられている。
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千畝の残したものとして、2012年、イスラエル大使館から瑞陵高等学校に、平和の象徴としてオリーブの木が送られたそうである。
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帰りに、北へ10分ほど行った名古屋市立大学滝子キャンパスに立ち寄る。
ここは、かつて第八高等学校(現在の名古屋大学)があった場所である。
何か史跡はないかと立ち寄ってみるも、正門を入った所に「八高古墳」があり、それにわずかに「八高」の名を留めているだけである。
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約6Km強あり、ぶらぶらと歩いて2時間ほどかかったが、杉原千畝の足跡を辿りながら心地よい汗をかいた一日であった。
なお、以前訪れたたことがあるが、生誕地の岐阜県八百津町の「人道の丘公園」には「杉原千畝記念館」がある。
このコロナ禍が終息したら、また一度訪れてみたいものだ。
山遊人


    posted at 16:16 | 旅日記 | TB(0) | CM(0)
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